私のNIE徒然アラカルト(14)―綴ることの楽しさを味わいながら―
第14回 私のNIEのメンター日本新聞協会初代NIEコーディネーター、日本NIE研究会初代会長妹尾彰氏との出会いと活動の旅 1987年~
私にとってNIEはとても貴重な経験をさせてくれた最も大切なパートナーと考えています。その6つ目が私の生涯NIEのメンターとしている日本新聞協会初代NIEコーディネーター、日本NIE研究会初代会長の妹尾彰氏との出会いと活動を継続的に行うことができたことでした。このことは私にとって話す・書く・行動するアウトプットの実践全てに導いて下さったことでした。
1987年から生涯、私にとってNIEのメンターとしてご指導下さっている妹尾彰氏に心より感謝申し上げます。
妹尾彰氏が米国のNIEで撮影した1枚の写真があります。

この写真が私のNIEの方向を決定して下さったのです。
私が妹尾彰氏と出会ったのは、1987年に発行された『ご存じですか NIE NEWSPAPER IN EDUCATUON』(日本新聞協会)でした。
この冊子が私の職員室の机上に置かれていたことから私の「生涯学習としてのNIE」が始まったのです。この冊子の中で私が最も注目した1枚の写真がありました。それが前記の写真です。
NIEの授業を見た瞬間でした。後にこの写真を撮影し「生き生きしたNIE授業風景」の文章を執筆されたのが妹尾彰氏ということが分かりました。
この写真と文章が収められているのが『ご存じですか NIE』です。
1987年発行ですから、現在NIE活動に関わっている多くの方々はご存じないかと思われます。「NIEの原点」になる冊子です。おそらく妹尾彰氏が編集に大きな役割を果たされたと思われます。

冊子の内容は以下です。
海外の実例
米国
ニューヨーク・タイムズ、ニューズデイ、ロサンゼルス・タイムズ、シカゴ・トリビューン、ANPA財団(米国新聞発行者協会が主にNIE計画を実施するため、1961年に新聞社と個人からの拠金を基金として設立した財団)のマニュアル、
ヨーロッパ
オーストラリア
マレーシア
日本でのNIE
各校の実例 岩手県北上市立黒沢尻東小学校、茨城大学附属中学校、神奈川県京浜女子商業高等学校、長野県長野市立浅川小学校、富山県立魚津工業高等学校、大阪府大阪市立鶴橋中学校、熊本県工大高等学校
二つのアンケート
むすび
妹尾彰氏が撮影・執筆された「生き生きしたNIE授業風景」は以下です。

シカゴ市の住宅街にあるユージン・フィールド公立小学校での5年生・社会科の授業風景を紹介してみよう。
32人のクラスの生徒たちは4人1組向かい合わせで座っており、全生徒の机の上には当日のシカゴ・トリビューンが置かれている。
先生が「今日は1面を勉強しますからよく読みなさい」と指示、生徒たちは真剣に記事を黙読する。5分ほどたって先生が「今日はアメリカが“リビアを攻撃”とOPECが“石油会議を開催”という見出しの記事をとりあげて勉強しましょう」と授業を進める。「リビアはどこにあるの」「その首都は。地図で指してごらん」。わかった生徒3、4人が手をあげる。指名された生徒が地図のそばに行って、少しためらいながら場所を示す。すぐに「リビアの指導者はだれ」と次の質問が飛ぶ。「カダフィ」また何人かの生徒が手をあげ、元気よく答える。
教室の前の黒板には新聞の読み方の注意事項が書いてある。“全体を読め-記事の内容は何か”。①見出し、②日付、③リード ④5つのW=だれが(Who)、何を(What)、どこで(Where)、いつ(When)、なぜ(Why)。
「OPECは何の略語か」「OPECにはどことどこの国が加盟しているか」「どこで会議を開いたか」。先生が質問するたびに生徒がつぎつぎと手をあげ、答える。わからない生徒は記事を一生懸命読み直している。
先生の話によると、週2回、社会科、国語科の授業に新聞を使っているとのこと。そのため先生自身もNIEの授業がある日には新聞をよく読み、どの記事をテーマに取り上げるか、また、生徒にどのような質問をするかを事前に勉強するという。NIE授業を始めたころは生徒も記事をよく理解できなかったし、早く読めなかった。しかし、読み慣れるにつれて教科書だけの場合とは、ひと味違った授業ができ、生徒も非常に興味を示して新聞を熱心に読むようになってきたということだった。
トリビューン社でも「新聞は読解力にとどまらず、算数、科学、心理学とあらゆる科目への利用が可能であり、いったん新聞利用の効果を理解してくれると先生の反応も良い。自信を持って推進していきたい」と話している。
「むすび」には妹尾彰氏が次のように書かれています。
この小冊子は、日本新聞協会が一昨年来研究に取り組んでおりますNIE計画を、教育に携わる方々にご理解いただきたいと願って作成したものです。
ご一読いただきありがとうございました。
日本新聞協会小林会長は昭和60年の新聞大会で、NIE計画とは教育と新聞に関わる本質的な研究課題として教育界と新聞界とが協力して取り組むべき活動であると述べておりますが、その主体はあくまで直接教育に携わっている先生方であります。新聞側は先生方の活動に協力するために地道な努力を続けなければなりません。内外のさまざまな実例に接して、改めてそのことを痛感しています。
ここにご紹介したいくつかの実例は、私たちが収集した資料のほんの一部ですが、わが国でも各地ですでにNIEに取り組んでいる先生方がおられます。この小冊子をご覧いただいてNIEに関心をもち実践を試みる先生が1人でも多くなれば、と願ってやみません。
私たちは、そうした先生方のお手伝いをさせていただきます。
日本新聞協会 NIE専門部会部会長 妹尾彰
妹尾彰氏の「この小冊子をご覧いただいてNIEに関心をもち実践を試みる先生が1人でも多くなれば、と願ってやみません。私たちは、そうした先生方のお手伝いをさせていただきます。」という「むすび」の言葉に甘えて日本新聞協会のNIE専門部を訪ねたのです。小学校の教師になって6年目のことでした。
当時、元青山学院大学文学部教育学科古銭良一郎先生の社会科研究グループで子ども向けの日本の産業に関する著書出版のため、新聞社を紹介して頂くことを依頼しに行ったのでした。妹尾彰氏と日本新聞協会のNIE部長深澤氏の二人で対応して頂き朝日新聞社をご紹介頂きました。これが妹尾彰氏との対面での出逢いでした。
このことに関する妹尾彰氏との出会いと活動の旅は以下を参照して下さい。
エッセー私立小学校研究所No.105「1984年~1989年 青山学院大学古銭良一郎先生との社会科研究会での出版」
https://note.com/pesri/n/n806d18151eff

この出版を契機にたびたびプレスセンターにある日本新聞協会NIE部を訪ねNIEに関する情報をインプットすることになりました。
1989年度5年生を担任し、社会科で「新聞とともだちになろう」の23時間の授業を実践しましたが、「特派員の仕事」を教えて頂くために子どもたちが特派員の方々に国際郵便を送る際にも大変お世話になりました。
このことに関する妹尾彰氏との出会いと活動の旅は以下を参照して下さい。
エッセー私立小学校研究所No.120「1989年 メディアリテラシーとしてのNIE起点の授業 5年生社会『新聞とともだちになろう』初等科教師9年目の実践」
https://note.com/pesri/n/na086f3669107

1991年2月に東京私立初等学校協会の社会科部で公開授業を初めて行いました。聖心では外部の方に向けての公開授業を実施する習慣がなかったので、いくつかの依頼があってもお断りせざるを得ませんでした。やっと実施することができ多くの参観者にご来校頂きました。教育関係者だけでなく新聞関係者も多く参加されていました。妹尾彰氏にも参観して頂きました。
6年生社会科で国際理解「バレンタインデーって何だろう?」がテーマでした。公開授業日が2月14日で、日本のバレンタインデーの在り方を考える授業でした。
このことに関する妹尾彰氏との出会いと活動の旅は以下を参照して下さい。
エッセー私立小学校研究所No.8「1991年2月14日 初めての公開授業『バレンタインデーって何なの』」
https://note.com/pesri/n/nef4b4f766a6b

初めての公開授業前の1990年5月、ニューヨークで「国際NIEの日」が開催されたことを毎日新聞で知りました。記事を執筆されたのが、当時日本新聞協会NIE第一専門部会長で毎日新聞編集委員の野口元氏だったと思います。第一専門部会はNIEのパイロット授業を担当されるので教師とのつながりが深い部会でした。
それで、妹尾彰氏に依頼し、野口元氏にお会いさせて頂き、ニューヨークでの「国際NIEの日」や日本のNIEについて教えて頂きました。ニューヨークでの「国際NIEの日」の記事から私はいつかNIEの国際大会に参加したいなと思うようになりました。その夢は実現したのです。1992年サンフランシスコでの米国NIE大会と国際NIE大会に参加でき、ロサンゼルスの小学校とメンフィスの高等学校でのNIE授業を参観できたのです。日本の教師として初めて参加することになりました。1995年にはストックホルムでの国際NIE大会の参加と、ストックホルムの小学校と家庭、オスロの中学校とメディアセンター、バーミンガムの小学校でのNIEファミリーフォーカスの参観ができました。この時も妹尾彰氏に大変お世話になりました。
このことに関する妹尾彰氏との出会いと活動の旅は以下を参照して下さい。
エッセー私立小学校研究所No.24「1992年5月 初めての国際会議参加、外国の教室での授業参観」
https://note.com/pesri/n/n3e1433644f43

1994年10月6日 来日されていたアメリカ新聞協会NIE担当部長 ベティ・サリバン氏が6年ゆり組「世界のニュースをキャッチ」の授業を参観して下さいました。この公開授業を調整して下さったのも妹尾彰氏でした。

このことに関する妹尾彰氏との出会いと活動の旅は以下を参照して下さい。
エッセー私立小学校研究所No.123「1994年~2012年 外国からのゲストが教室に」
https://note.com/pesri/n/ne0810ec8706e
1995年3月26日~4月2日まで初の「教育関係者米国NIE事情視察団」が派遣されました。この時の引率者が妹尾彰氏でした。私も参加しました。
学校はサンディエゴの公立ルイス中学校、サンフランシスコの私立プレシディオ・ヒル小学校、公立マリーナ中学校、シアトルの公立オリンピック・ヒルズ小学校などの参観。
新聞社はサンディエゴ・ユニオン・トリビューン、サンフランシスコ・ニューズパーパー・エージェンシー 、シアトルタイムズを訪問しました。
この時の妹尾彰氏の引率は素晴らしかったです。スケジュールはハードでしたが、夜のフリータイムの時に妹尾さん、ベティ・サリバンさん、私の3人で食事をするチャンスがありました。
1996年7月に第1回NIE全国大会が東京のプレスセンターで開催されました。実はこの時、妹尾彰氏からパネルディスカッションのパネラーの一人として要請があったのでした。この時期私が企画して責任者になっていた6年生の3泊4日の宿泊セミナーがあったので、残念ですが引き受けることができませんでした。その代わり東京に帰っていて間に合う2日目の分科会はお引き受けできました。
日本新聞協会「NIEニュース」第8号(1997年1月発行)に日本新聞協会NIEコーディネーター妹尾彰氏の「日本の教育風土に合ったNIE模索―11年間の歩みと展望―」の寄稿文が掲載されていました。1997年には初代コーディネーターをお引きになるかのかと思っていました。

1990年代に入り日本新聞協会や各地のNIE推進協議会、新聞社からの講演依頼も私に入ってきていましたが、1990年代後半になり妹尾彰氏もフリーのNIEコンサルタントになり、ご一緒させて頂くことが多くなりました。
「NIEで総合的な学習を-その可能性を探る-」毎日新聞 第1回先生のための新聞活用教室 1999年9.25 毎日ホール

「新聞とインターネット」読売新聞 第2回読売NIEセミナー 2000.11.25 読売新聞大会議室

「日韓NIE交流シンポジウム 日韓のNIE活動を考える」日本NIE研究会、韓国新聞活用教育学会、朝日新聞社共催 2002.1.27 浜離宮朝日ホール

このことに関する妹尾彰氏との出会いと活動の旅は以下を参照して下さい。
エッセー私立小学校研究所No.263「2002年1月 日本・韓国交流シンポジウム『日韓のNIE活動を考える』」
https://note.com/pesri/n/n743306de85eb
2000年8月日本NIE研究会が設立されました。その初代会長に妹尾彰氏が就任されました。
日本NIE研究会の活動については、本ホームページを参照ください。
https://studyhighlow.wixsite.com/--nie
20年開催した「清里NIEフォーラム」「国内のNIE関係研究会との交流」「米国・韓国の教育界新聞界との交流」「NIE関連者出版物資料」等については「NIE情報室」を参照ください。
https://studyhighlow.wixsite.com/--nie/group/nie-qing-bao-shi/discussion
日本NIE研究会に関する妹尾彰氏との出会いと活動の旅は以下を参照して下さい。
エッセー私立小学校研究所No.125「2000年~ 日本NIE研究会の設立と活動 実践と理論の一体化を模索して」
https://note.com/pesri/n/n8a8f8b57a454

2013年の第13回「清里NIEフォーラム」まで基調講演をされていらした妹尾彰会長が体調を崩され、その後2019年の第20回開催まで参加されませんでした。2017年の第18回「清里NIEフォーラム」から岸尾が会長に就任しました。妹尾彰氏とは比べる余地がない程私の運営能力には課題が多いことを自覚しています。
2015年5月16日妹尾彰氏の自宅近くで妹尾氏と奥様、副会長に就任されていた吉田伸弥氏、幹事8名で食事会を開催致しました。

その後も「NIE清里フォーラム」ではお会いできませんでしたが、何回か一緒に食事会でお会いすることができ、そこでも多くの事を学ばせて頂きました。
2024年3月8日に妹尾彰氏はお亡くなりになりました。日本のNIEに絶大な貢献をされた唯一の人です。まさに「ミスターNIE」です。
私の心には妹尾彰氏が私にアウトプットして下さったたくさんの宝があります。その宝を生涯忘れずに多くの方々に接することを心がけていきます。
最も大きな影響を与えて下さったNIEのメンターである妹尾彰先生、本当にありがとうございました。
