第12回「米国・豪州NIEから学ぶこと」『新聞研究 No.496』(1992年11月発行)
1992年5月18日~31日、日本新聞協会の米国NIE視察団に同行して「国際NIEの日」(NIEの国際大会)「米国NIE大会」に参加した後、ロサンゼルスの私立パインクレスト小学校とメンフィスの公立ウッディール高校でNIE授業を視察することができました。
1992年8月には環境教育の研究でオーストラリアに約2週間滞在しました。視察したどの学校でもNIE的な授業が展開されていました。ブリスベーンの移民子弟に語学教育を集中的に行うミルパラスクールでは、教室の壁にバルセロナオリンピックの紙面が張られており、先生方の研究室には新聞が積まれていて、必要に応じて子どもに配布し教材として活用しているということでした。公立ケドロンハイスクールでも教室に新聞紙面のコピーが壁に張られていました。シドニーの私立インターナショナルグラマースクールの高校では、環境に関する新聞の切り抜きのコピーを教材にしてグループで討論して、新聞紙面のレイアウトを参考にしながらグループの考えを発表していました。シドニーの公立マンリーベイルパブリックスクールでは環境教育を視察しましたが、5・6年生の合同の教室には、バルセロナオリンピックの金・銀・銅メダルごとの入賞者の写真が張られていました。オーストラリアでは新聞をいわゆるまるごと使ったNIEを見ることはできませんでしたが、新聞の切り抜きを使った討論と新聞紙面のレイアウトを参考にしたまとめ方、教室環境としての新聞の活用の仕方など日本のNIEに大いに参考になると考えました。
「国際NIEの日」「米国NIE大会」、ロサンゼルスの私立パインクレスト小学校、メンフィスの公立ウッディール高校でのNIE授業視察については、多様な創作活動を支援するため文章・写真・イラスト・音楽・映像などの作品を配信する「note」に投稿した「私立小学校研究所」No.24「1992年5月 初めての国際会議参加、外国の教室での授業参観」を参照して下さい。
https://note.com/pesri/n/n3e1433644f43
私は特にノルウェーの「ファミリーフォーカス」に注目しました。そもそも日本では新聞の宅配率がとても高いです。当時、多くの家庭では新聞を購読していましたので、家族で新聞を通して社会に繋がる学びができるのではと考えました。この時以来私はNIEを学校に限定せず家庭や地域での学びに繋がることを意識するようになりました。
米国での「国際NIEの日」「米国NIE大会」に参加した後、ロサンゼルスの私立パインクレスト小学校とメンフィスの公立ウッディール高校でNIE授業の視察、豪州のブリスベーンの移民子弟に語学教育を集中的に行うミルパラスクール、公立ケドロンハイスクール、シドニーの私立インターナショナルグラマースクールの高校、公立マンリーベイルパブリックスクールの視察を通して「日本におけるNIEの課題」について最後に書いています。
私の数年前からの実践、米国・豪州のNIEに触れた観点からNIEの課題を挙げる。
①授業のマニュアル化を。発問・指示がしっかりしているからNIEが普及しやすい。
②新聞の読み方の学習を。子どもが新聞を自分で読めることを援助する。
③楽しい教材づくりを。『ドジャース』(デーリーニューズ社)、『ラーニングリンクス』(コマーシャルアピール社)は楽しい。
④先生の個性、工夫もおおいに発揮を。マニュアル化されていても、オリジナルな授業の開発のどちらでも発揮を。
⑤基礎的学力を身につけるためにも活用を。特に高校段階で。
⑥家族で新聞を読むファミリー・フォーカスを。活用方法のマニュアル化も。
⑦子どもがひとりでNIEに取り組める子ども向きの新聞やガイドブックの作成を。『ビギニング・ウィズ・ザ・ニューズ』(コマーシャルアピール社)はおもしろい。
⑧多様なNIEの実践事例集を。まるごと、切り抜き、新聞づくり、産業としての新聞、自由研究など多様な実践の紹介とその評価。
⑨教育現場と新聞社をつなげているコーディネーターである。コーディネーターの多くが教師経験者であり、教育のこと、授業のこと、子どものことをよく知っているのが最大の強みである。教師も安心していろいろなことが相談できる。
⑩新聞社見学の内容の充実を。見学コース、配布パンフレットをNIE的に各社独自なものを作成すべき。
(注)ファミリーフォーカスは家庭で親子が一緒に新聞を読み、話し合う機会を作ろうという運動で、1988年に米国のANPA財団(現NAA=米国新聞協会)が提唱した。
日本新聞協会『ご存じですか NIE NEWSPAPER IN EUCATION』(1987年発行)を読んで、いつか外国でNIE国際会議やNIE授業に触れることができればという思いに駆られましたが、5年後に実現することができました。次はヨーロッパでのNIE国際会議やNIE授業を経験したいという思いに駆られるのでした。